インターハイ開会式を欠席:ボクシング連盟山根明会長の就任した経緯とは?

今、日本ボクシング連盟の山根明会長のありえない支配の実態が次々に報道されていますが、あれを見たら333人もの関係者が日本ボクシング連盟に対する告発をすることは仕方がないことです。

今までよくあのような暴君の絶対王政に耐えてきたものだと。

疑惑の中心人物でる山根明会長は昨日岐阜県でインターハイボクシングの開会式に出席予定でしたが、もちろん欠席。

一つぽっかりと空いた席。

その席の前には日本ボクシング連盟会長・競技委員長山根明という札が貼られています。

欠席するのなら、そんなもの取ってしまえばいいのに…マイナスイメージにしかなりません。

公の場に姿を見せどういう行動するか注目を浴びていましたが、 結局来ませんでした。

せっかく王様イスを普通のパイプイスに換える配慮がされていたのに欠席。

ちなみにこのイス買う事ができるんですよ!

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座り心地はわがままな山根会長のお墨付きですから、良いに決まってます!

王様イスを購入して王様気分を味わうのもいいかもしれません。

さて話は戻りまして、

せっかく「会長おもてなしセット」も用意されていたのに欠席。
ほらほら大好物のハウスみかんもありますよ。
果物はぜ~んぶ高級品ですよ。

お菓子も好みのものを用意したのに。アーモンドチョコレートは明治と決められていますし、 森永キャラメルもちゃんと用意しましたよ。

関係者によると病気で入院しているということで欠席。

こういう卑怯な人達はこのような事態に陥るとすぐ病気になって姿をくらますのが常套手段ですよね。

今このタイミングで入院するって…今まで山根会長のせいで心のバランスを崩し入院した人もたくさんいるでしょうね。

追い詰められた時の気分をこうして味わうことになるとは夢にも思わなかったでしょう。

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まさに独裁政治!そもそもなんであのような人間が会長という立場に上り詰めることができたのか?

今このタイミングで入院するなんて逃げてるようにしか思えない。

関係者によりますと以前から予約していた大阪府内の病院に入院したということですが、以前から予約されていたものだということです。

それだったら初めからインターハイ開会式には来れないと言っていてもよいはずですが。

しっかりと「おもてなし」の準備はされていたはずなのに。

事前に日本ボクシング連盟の方から「おもてなしマニュアル」を渡されているわけですから。

でも皆怒っているわけです、本来味方であるはずの岐阜県ボクシング連盟会長までもが

「23日からずっとテレビではボクシング連盟のことが話題になっています。誠に恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい思いをしています。真意のほどは私はテレビで見ているだけで分かりませんがあれが事実でしたら、すぐに山根会長をはじめ周囲の皆様には辞めていただきたい。」

開会式の壇上で山根明会長の辞任要求をするというような異例の事態となったのです。

いや~まさに四面楚歌状態になっていますね。素晴らしい開会式の挨拶でした。

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なぜ山根会長が日本ボクシング連盟の会長になれたのか?

もはや、やりたい放題といっても過言ではありません。

特にあの「奈良判定」なんてスポーツのあり方を完全にぶち壊すようなインチキ判定です。

奈良判定についてはこちらに記事をごらんください⇩

日本ボクシング連盟を巡る不正が連日のようにテレビや新聞等で報道されていますが日本ボクシング連盟の山根明会長の絶対的権力には驚かされますね。 ...

そもそもあのようなめちゃくちゃな人間が会長というトップに上り詰めることができたのか疑問に感じますよね。

会長が変わる時に対抗馬候補がいるわですけど候補を山根会長は片っ端から潰していったそうです。それで山根会長くらいしか会長をやる人はいなくなったそうです。

強硬姿勢と政治力だけはあるようです。ボクシングもまともにやったことないくせにね。

とんでもなくいつも理不尽な態度をとっていたそうです。

例えばどんな場面であっても試合結果が良かった時にコメントの中に「会長のおかげ」というコメントがないと激怒するわけです。あり得ません。

インターハイ開会式を山根会長が欠席して現場関係者の様子はちょっと違ったといいます。

それ違うでしょ、審判も緊張がほぐれてはニコニコしてきますからわかりますよ。良かったですね、山根会長が欠席して。

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山根明会長の経歴は?

ボクシングに初めて関わったきっかけは昭和51年に奈良県アマチュアボクシング連盟に関係したことです。

ボクシングをやっていたかどうかは「それを知っている人は誰もいない」とのことです。それ自体すごいことですよね、誰も知らないって…

そんな人が気付いたらボクシング連盟の要職につく存在にまでになったのです。

当時の奈良県アマチュアボクシングは不毛の地であり指導者及び選手もいませんでした。とにかく選手を増やすために普及活動から始めたそうです。

その後は生活を投げうってまで選手育成に努めていたと言います。

弱小県から出発し強豪県の一つに名を連ねるまでになったそうです。自分のおかげで奈良県は強くなったと言っていますから奈良県の選手は相当可愛いのでしょう。

山根会長はアマチュアボクシング界の要職を歴任しています。

1994年には世界アマチュアボクシング連盟の常務理事

2010年には日本ボクシング連盟副会長

2011年には日本ボクシング連盟の会長

ボクシング歴も不明な人物がなぜここまでの権力を保持するようになったのでしょうか。

ここで変わった!?山根会長を調子に乗らせたのはロンドン五輪での抗議

押しの強さは天下一品みたいです。ロンドンオリンピック 銅メダルを獲得した清水聡選手の2回戦の試合で清水選手が相手にダウンを与えたけど負けになったんです。でもあまりにもおかしいということで山根会長が苦情を強くて抗議して座ったんです。その結果おそらくボクシング史上初アマチュア大会で覆らないずの判定が覆ってしまったのです。

押しの強さと政治力強いリーダーシップで清水選手のメダルへの道を開いたわけなんです。

確実にこのロンドン五輪で金メダルと銅メダルを獲得してからかなりこういう傾向が強くなったと関係者は語っています。

そして本格的に権力を行使するようになったのです。

さいごに

山根会長に嫌われた指導者が教えてる選手は大会で負けにされてしまうという懸念があります。ですからだれも逆らえないのは当然ですね。 選手らの進路を守るためなんですよ。インターハイてベスト4に入れば必ずスポーツ推薦で大学に行けますから、それだけすごく大きな大会で人生がかかっているといっても過言ではありません。しかしやっと声を上げることができて選手達にまともな姿を見せてやれるようになったのです。

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