スーパーボランティア尾畠春夫さん:1100キロの旅を浜松で断念!その理由とは?

今や日本中で有名になっているスーパーボランティア尾畠春夫さんですが、もうすでに旅を断念し大分の実家に戻っていることが判明しました。

人と触れ合いながらリヤカーを引いて旅を続けて1ヶ月。 行く先々では尾畠さんを応援しようと多くの人々が殺到していました。

沿道で応援することは日に日に増えていき、人混みに囲まれる尾畠さん。

そんな応援してくれる人全てに丁寧に対応しているから一日に1㎞しか進めないという日もあったようです。

そんな事を尾畠さんは何も気にしません。

ではなぜ今回大分までの1100㎞の旅を断念してしまったのでしょうか?

尾畠さんが旅を断念した理由…それは応援してくれる人の安全を確保するためだった!?

写真やサインに気さくに応じ日に日に加熱する人々の応援。

先週金曜日にはまではテレビの取材等にも登場し、静岡県浜松市で人々と触れ合っていました。

この映像が撮影された翌日尾畠さんは人々の前から突然姿を消しました。

テレビでも「尾畠さんの通っている経路はわかりません。」などと言われていましたが、それもそうでしょう。もう旅を止めて大分の実家に帰っていたのですから。

最近目立っていた尾畠さんが応援してくれる人々に対して注意を促す様子

尾畠さんが通ると人だかりが出来て、歩道や車道の通行を妨げてしまっている様子がよく見られました。

歩道から飛び出して写真を撮るのに夢中になっていると車との事故にも繋がりません。

「道路の真ん中に立たないでね。」

「 自転車が通るから通路を塞がないでね。」

などという言葉をしきりに応援者にかけていました。

「交通事故の危険性を考えた上で中止することにした。」と尾畠さんは語ります。

「応援に来てくれた人たちの安全のため人の命にかえられない。」そう思い歩き旅を断念したという尾畠さん。 残念ながら旅は途中で終わってしまったものの励ましの言葉や支援物資をもらった人達に今後何らかの形で恩返しをしたいと語っています。

尾畠さんの旅はいつから始まったの?

10月18日都内の中学校で講演した後、尾畠さんは翌日「世界の子供の幸福」という願いを込めておよそ1100㎞離れた大分県へ歩いて帰るという挑戦を始めたのでした。

トレードマークの赤いねじり鉢巻きで旅を続けた尾畠さん。

Twitterより引用

尾畠さんの行く先々には大勢の人が集まり、応援者と境遇が似ているために涙したりして常に人と寄り添う姿は人々に感動を与えました。

一人一人と親身になってふれあうため当然距離も歩けません。しかし尾畠さんは

「明日もあさってもこんな日があっても全然気にしません。 それでいいと思うんですよ。私は旅だから旅行じゃないから。」

人との関わりを本当に大切にしている人なんだなと思います。

尾畠さんは集まった人々に元気を与えているのですが尾畠さんは自分にも元気をもらっていると感謝しています。「こういう旅をしたら本当に人の優しさが分かる。『お気をつけて。』その言葉をいただくだけでものすごい勇気が出る。」

と周りの人に励まされながら旅の目的である子どもたちの幸福を願いながら一歩一歩歩みを進めていたのです。

尾畠さんの人柄に多くの人が感動!

「今子供の虐待とかものすごく多い。この世に生まれてよかったという子どもを一人でも二人でも増やしたい。」

人はなぜ尾畠さんに惹きつけられ時には涙してしまうのでしょうか。

それは純粋であるからといえます。

Twitterより引用

その純粋さに尾畠さんと出会った人々は

「 何か力をもらえるような気がした。」

「毎日イライラしているので会ってちょっと穏やかになれた。」

「昔の日本のように純粋だった頃に戻ってきてほしい。」

と尾畠さんを見ていると心の底から涙が出てくるという方もいらっしゃいました。

だからそんな尾畠さんに誰もが会いたくなるのです。

さいごに

尾畠さんの善意を目の当たりするとふと我に返ることがあります。最後まで旅を続けることができたらよかったなあと思います。 メディアもテレビでも本当に応援する気持ちがあるんだったらもう少し責任をもって尾畠さんがスムーズに旅ができる配慮をした方が良かったのかもしれませんね。

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